04/08/2026
CONCEPT JEWELRY WORKSより
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―フランス🇫🇷アートと建築の旅 2025・夏③―【クロード・モネ モネの家と庭園 / ジヴェルニー】
デザイナーの橋本です。
一昨年の冬に続き昨年の夏に再訪した「フランス・アートと建築の旅」。
旅のテーマは「画家が見た光を探して」。
3日目は、パリの北西約70㎞、セーヌ川沿いのジヴェルニーに向かいました。
パリ・サンラザール駅から急行TERで約45分のヴェルノン駅下車。
ここからジヴェルニー行きのシャトルバスで約20分、目指すは「モネの家と庭園」です。P1.
クロード・モネ(Claude Monet,1840年-1926年,86歳没)は、印象派を代表するフランスの画家です。
モネやルノワール、ドガなどが独自に追求した印象派画家の潮流については、いつかじっくりと考察してみたいと思いますが、モネの作品に対しては学生の頃から
・この色彩の色幅(色数)はどのようにして実現されたのか
・中間色が豊かで、特に絵の影の中にある色彩がとても美しい画風はどのようにして生まれたのか
と漠然とした興味を持っていましたが、一昨年の旅で、オランジュリー美術館を訪ね「睡蓮」の大作を見た時、その思いがふつふつと蘇り、モネをもっと知りたくなり、この訪問をスケジュールに組み込んだのです。
モネの庭園の入口に到着しました。
こちらが案内地図です。
花々の咲く美しい季節に庭と家が一般公開(4~11月のみ)されます。
「水の庭」「花の庭」「モネの家(青い屋根の家)」があります。P2.
こちらにはモネの実作品はありません。
庭と家を周りながら作品を照らし合わせ、モネの心の内に迫りたいと思います。
それにしても、人、人、人で大渋滞!!
世界中の人が集まってきていて、庭のお花と同じぐらいにぎやか!
モネの人気に驚きます。P3.
新しい表現を探求しながら、フランス国内各地を転々としたモネ。
1883年、43歳の時にジヴェルニーに惚れ込み、終の棲家とします。
亡くなる86歳まで43年にわたり暮らすことになります。
最初の妻カミーユの死後、2番目の妻となるアリスとその連れ子6人を含め子供8人の計10人の大家族で暮らすために50歳で屋敷を購入します。
ジヴェルニーに来てしばらくは、引き続き絵画制作の列車旅行を続けますが、10年経った時、屋敷の前に広がる広大な土地を購入し、めずらしい植物を数多く植え、育て始めました。
そして、数年後に隣の敷地も購入し、水引きして池を造成し、日本から輸入した睡蓮を根付かせました。池には日本式の太鼓橋を架け、散歩道を整えました。P4.
そして、自らが作り育てていった庭や池の絵を描き始めます。
制作旅行を重ね、屋外で描くこと(戸外制作)を日常としたモネにとっては自然な成り行きだったのかもしれません。
小さな池から300点を超える作品が誕生します。
P5.「睡蓮の池、緑のハーモニー」1899
モネは「連作」を本格的に始めた最初の画家です。
「睡蓮」の連作も1898年から描き始めました。当初は広めに描かれていた風景が次第に水面のアップになり、花や葉がモティーフに、さらには水面に映る空や木々の影が主役に変化していきました。
モネの気持ちになって庭を歩くと、観察力と感受性をかき立てられたことが想像できます。
戸外制作を好んだモネだからこそ、自らが育てた花々や池に目を凝らすうちに、絶え間なく変わり続ける光や影、色合い、空気といった無形で捉えがたいものまでも見えてきたのではないでしょうか。
連作という手法が多用されたのもとても納得できます。
例えば、こちらの2作は1907年に描かれた「睡蓮の池」 P7.
同様の構図で、日没にかけて刻一刻と変化する池の水面に反映する光の表現を捉えた連作です。
少しずつ陽が落ち始めている頃でしょうか。
夕刻の明るさの中、手前には睡蓮のつぼみを見ることが出来ます。
まさに陽が沈む瞬間の最も美しい時間帯を捉えたのか、
黄金色に煌めく夕陽を印象的に描いた感動的な作品です。p P8.
光があたったモティーフから、光そのものが主役になったことがよく理解できます。
2/2へつづく