28/06/2026
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6月
父が79歳にて生涯をとじました
病院からの電話から数分後
お店と仕事を優先しろと言っていたとおり
そっと1人での旅立ちでした
父と子としてはあまり交わす言葉は少なかったかと記憶します
父の周りには常に板前さんと従業員
様々な業者さんや尋ねてくる知人など
沢山の人で溢れていた
常に人前の為か 貫禄ある気質の為か
敬語混じりでの会話が多かった
お父さん ではなく マスター
孫が産まれてからは じいちゃんと
かわっていた
両親はともに よく、よく、働いていました
仕事ばかりで家族での思い出など存在しないのかと思い返すと
幼稚園のころ食したエスカルゴ
駐車場でのキャッチボール
旅館と温めの露天風呂
橋の上からの夜釣り
社員皆さんと行った初めての海外旅行など
随分と費やしてくれていた
多少の経験を積んだ頃
食材の仕入れに関して一切口を出さなかった
銘柄豚の先駆けだった白金豚
おそらく当時1番高価だった金華豚
輸入が初まったばかりのイベリコ豚
ピュルゴーの鴨肉やフォワグラ
原木のプロシュート ピサンリ ムール貝
全く形にもならなかったエクルヴィスまで
遠くから大きく見守っていたのだろう
煙草は日に二箱
蕎麦屋に行けばカツ丼と蕎麦
築地場外の食堂では
鯵酢 シャコフライ ポークソテー
当時は焼酎を1日一本ほどか
弱い立場の人
困っている人を放っておけない人でした
太く 短かった
いまごろ たくさんの友人たちと
好きだった煙草を吸い
日々 宴をひらいているのでしょう
じいちゃんお疲れ様でした。
もっと もっと がんばるから。
片岡家はみな 幸せです